Ⅴ.現行制度の問題

法的整理の代表例として民事再生手続があります。再生計画が合意されれば再生手続に移行しますが、不合意の場合には破産手続に移行することになり ます。再生型の法的整理と清算型の法的整理はまさに紙一重の関係なのです。一方、私的整理の類型としては個別相対的に合意を取り付ける内整理の他、制度化 された私的整理手続も存在します。その代表例として、裁判外紛争処理手続(ADR)、中小企業再生支援協議会、私的整理ガイドラインの実情と問題点を整理 しておきます。

(1)法的整理の問題点
(2)裁判外紛争解決手続(ADR)の問題点
(3)中小企業再生支援協議会の問題点
(4)私的整理ガイドラインの問題点
(5)私的整理の問題点


(1)法的整理の問題点

私的整理は債務者と債権者の間の話し合いで進められるため、取引先などの外部の第三者に再生手続を行っている事実を知られないまま、手続を進めることができ、迅速かつ低廉に進められるというメリットがあります。

一方、法的整理の場合には、客観性、公平性が求められるために事件が外部に公表されます。このため、商取引の条件が厳しくなったりするような、いわゆる風評被害が生じる危険が高まります。さらに、手続終了まで数年以上かかるのも珍しくなく、申立てにあたって裁判所に多額の予納金を納めなければなりません。

中小零細企業の事業再生にあたっては、多額の予納金もさることながら、風評被害による取引条件の悪化、同業他社からの営業妨害などの悪影響が、再生の致命的な障害になる例が散見されます。


1. 法的整理のメリット
・裁判所の監督があるために、公正さが担保されており、信頼できる。
・債権者が平等に取り扱われるため、損失負担に合理性がある。
・債権放棄による免除益、評価損益に対する税制措置が用意されている。


2. 法的整理のデメリット
・公表されるために商取引に支障が出る。
・風評被害による事業価値毀損の恐れがある。

(2)裁判外紛争処理手続(ADR)の問題点

事業再生ADRは事業再生の円滑化を目的として平成19年度の産業活力再生特別措置法の改正により創設された新しい制度です。

事業再生ADRは基本的に銀行などの金融債権者だけを相手方に調整を進める手続であり、取引先などの売掛債権の債権者を対象にすることはありません。法的 整理と私的整理の双方のメリットを活かすべく、専門的知識を有する実務家による監督下で進められる手続として信頼性を高めています。メリットとしては、専門家の監督があり公正さが担保されていること、債権者が平等に取り扱われ損失負担に納得感があること、債権放棄による消滅益及び評価損益に対する税制措置 が講じられていること等の、法的整理と同様のメリットを挙げることができます。さらに、手続を公表する必要がないために風評被害による事業価値の減少を避 けることができ、本業をそのまま継続しながら金融機関等との話し合いで解決策を探れるという私的整理と同様のメリットを期待することも可能です。

しかし、事業再生ADRは、「私的整理ガイドライン」とは異なり、メインバンク主導の手続ではなく、債務者が一時停止通知を発送しても、一時停止通知は罰則等による強制力を有していないため、一時停止の通知は期限の利益の喪失事由とはなっていません。一時停止に反して回収等を行った場合など、ADRの調整 枠組みが崩れると、法的整理に移行する可能性が極めて高くなります。

このように、ADR制度による手続は債権者に対する強制力はなく、合意が得られなかった場合には特定調停や民事再生手続といった法的整理に移行せざるを得ず、法的整理に移行した後にも合意が得られない場合には、破産手続に移行するという危険を有しています。

また、ADRを進める実務家に対し高額の報酬が求められ、小規模の事案には費用負担が困難であるために利用できないという制約があり、中小零細企業の場合には、事実上、利用できない手続きとなっています。

(3)中小企業再生支援協議会の問題点

中小企業再生支援協議会は、産業活力再生特別措置法41条に基づき、中小企業再生支援業務を行う者として認定を受けた商工会議所等の認定支援機関を受託機関として同機関内に設置されています。

この中小企業再生支援協議会とは、銀行、信用金庫、信用組合、信用保証協会、政府系金融機関等の一般金融機関である債権者を対象とし、債権放棄を行うこと で債務者企業の再生に繋がり、当該企業向けの残存債権の回収がより確実になることにより、債権者の損失が最小限に抑えられるような場合に、債権者と債務者の間で協議を行うものです。各債権者にとっては、債務者が例えば破産法や民事再生法などの法的倒産処理手続に至った場合に想定される回収額よりも、私的整理において債権放棄を実施し事業を継続させながら回収を図った方が、より多くの回収が見込めることなどがこれに該当します。

中小企業再生支援協議会は、公正中立な第三者機関であり、中小企業(債務者)の代理人でも金融機関(債権者)の代理人でもありません。公正中立な第三者としての立場から、企業の事業面、財務面の詳細な調査分析(デューデリジェンス)を実施し、かつ当該企業が窮境に至った原因の分析等を実施したうえで、債務者による再生計画案の策定を支援するとともに、金融機関に再生計画案を提示し、金融機関調整を実施するという立場をとっています。中小企業(債務者)と対 象債権者のいずれの立場にも立たない中立公正な立場から、再生計画案の策定支援を実施するものであり、再生計画案は相談企業が作成するものとされています。中小企業再生支援協議会は相談企業による再生計画案の作成を支援するに過ぎず、積極的な計画の作成を行っていないところに限界があります。

さらに、中小企業再生支援協議会による解決には強制力はなく、多数決で決することはできません。同意が得られない対象債権者を拘束することはできず、一部の対象債権者の同意が得られないときは再生計画が成立しないという問題も抱えています。

当社では、必要に応じて、債権者である金融機関との調整を行いながら、債務者の立場に立って、中小企業再生支援協議会による解決を目指すこともあります。

(4)私的整理ガイドラインの問題点

「私的整理に関するガイドライン」は、企業の私的整理に関する基本的な考え方を整理し、私的整理の進め方、対象となる企業、再生計画案の内容等についての関係者の共通認識を醸成するために、平成13年に全国銀行協会及び日本経団連等が中心となって発足した「私的整理に関するガイドライン研究会」によって取りまとめられたものです。

これは私的整理を公正かつ迅速に行うための準則として、金融界と産業界を代表する者が中立公平な学識経験者などとともに協議を重ねて策定されたものとされており、金融機関の不良債権の解消を早期に実現するため、私的整理を行う場合の関係者間の調整手続を取りまとめた手続規定です。

対象となる私的整理は、会社更生法や民事再生法などの手続によらずに、債権者と債務者の交渉と合意に基づき、返済の猶予や債務の減免などにより、経営困難な状況にある企業を再生するためのものであり、多数の金融機関等が後述の主要債権者又は対象債権者として関わることを前提としています。

対象債権者の債権放棄を受けるときは、支配株主の権利を消滅させることはもとより、減増資により既存株主の割合的地位を減少又は消滅させることが原則とされ、株主責任を追及されることが明確化されています。債権放棄を受ける企業の経営者は退任することが原則とされ、経営責任を追及されることも明確化されています。

計画案に対して対象債権者全員の同意が得られないときは、このガイドラインによる私的整理は終了し、債務者は法的倒産処理手続開始の申立てなど適宜な措置をとらなければならなければならず、いわば、計画の成否は破産手続への移行に直結しています。

私的整理ガイドラインは金融債権者調整を公平かつ迅速に行うための手続として取りまとめられたものであり、あくまで紳士協定であり、債権者を強制するものとはなっておらず、債権者間の調整をスムーズに行うものとしては不十分な手続です。

手続規定であることから、事業再生計画に必要となる金額を算出する拠り所となるものではない点も、私的整理ガイドラインの限界として指摘されます。

(5)私的整理の問題点

私的整理のデメリットとしては、不正が行われやすいということが挙げられています。裁判所を通さずに行われるために、強行な姿勢を貫く債権者からの合意が得られない場合には私的整理そのものが成立しないこともあります。この場合は、一部債権者による内整理という方法が選択されることになります。

私的整理を規制する法律はないため、いつ何時、債権者の態度が変わり競売などの法的手段を講じてくるかが不明であるという不安定要素も否定できません。さらには、債権者側としては債務者の履行が確実に行われるのかという懸念が残るのもデメリットとして指摘されます。

1. 私的整理のメリット
・公表されないために商取引を円滑に続けられる。
・本業をそのまま継続しながら、金融機関等との話し合いを進められる。

2. 私的整理のデメリット
・債権放棄による損失の無税償却が困難である。
・債権者間の意見をまとめにくい。

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