Ⅵ.業種別対策

事業再生にあたっては、各業種別の特性に応じた対策を講じます。


ここでは、代表的な業種について対策上の留意点を簡単にまとめます。
紹介するものは、あくまで一例であり、その他の業種に関する事業再生も積極的に行っています。


(1)不動産業
(2)建設業
(3)宿泊業
(4)製造業
(5)小売業
(6)卸売業
(7)運送業
(8)サービス業
(9)飲食業


なお、下に掲げる、さまざまな拙著の中で、当該業種を扱っている部分があります。実例を掲載した書籍名を、各業種別に付記しておきますので参考にしてください。

・「本物の事業再生はこれだ」(2010/3)ファーストプレス社
・「民事再生は必要ない!打つべき手は他にある」(2010/2)ファーストプレス社
・「増補版・実録!債務免除読本」(2009/9)ぜんにち出版
・「改訂版 新・債務免除読本」(2009/7)ぜんにち出版
・「事業再生事件ファイル(会社譲渡編)」(2008/9)イースト・プレス社
・「事業再生事件ファイル(債権譲渡編)」(2007/2)イースト・プレス社
・「事業再生事件ファイル(事業譲渡編)」(2006/8)イースト・プレス社

(1)不動産業

特に収益用不動産の場合、その不動産から期待される収益が事業価値の源泉であり、極論すれば、収益用不動産は誰が経営しても同じであるということもできます。オーナーが代わっても、既に入居している賃借人の家賃を引き上げることはできませんし、極端に空室率を改善することも期待できないからです。


オーナーは、個々の不動産の収益性に依存した経営を行うのであり、近隣地域の賃料水準の変化が経営を直撃することになります。さらに、住居系の不動産ではなく事業用不動産の場合には、往々にして管理コストが高くなる傾向があります。


また、たとえば一つの階をそっくりテナントに賃貸ししている場合には、そのテナントが退去した場合には、一挙に収益が減少してしまい経営を直撃します。すなわち、空き室リスクが高いという問題が出てきます。


ときどき、空き室率が異常に高い収益用不動産を見ることがあります。空き室率が高い理由は、家賃設定が高いためなのですが、それは借入金の返済を行うがために、無理に高い家賃設定をする例が見受けられます。家賃が高いと当然ながら空き室率が高くなり、収益増加が見込めないという悪循環に陥ってしまいます。


このような場合には、むしろ、低い家賃で満室にしてしまうという作戦が考えられます。満室にしてしまうことで、その不動産の収益性は低くなりますが、賃借人を追い出すわけにもいかず、結果としてその不動産の価格が下振れすることになります。そのため、債権者は競売にかけたのでは貸付金の回収ができなく なり、競売処分を躊躇することになるのです。


ところで、別会社で不動産を購入するにあたっては、新しい金融機関から融資を受けることになりますが、これまでの修繕履歴がチェックポイントになることがあります。場合によっては、技術者によるエンジニアリングレポートの提出を求められることもあります。近い将来において、不測の大規模修繕を余儀なくされたのでは、せっかく不動産を購入してもたちまち経営破綻に陥ってしまう危険があるからです。


債務者としては、債権者と話し合うことで、別会社で任意売却により購入する作戦(第二会社方式)をとるのが無難です。競売で、第三者に高値の入札をされてしまっては、資産を失うことになってしまうからです。


競売になった場合に、高く買う競合相手がいないかを十分に調べ、その結果、誰も競売で入札しないというのであれば競売で入札することも考えられますが、二番札になるリスクがあるのでお勧めできません。


なお、一般的に任意売却の場合には、競売価格よりは高くなるのですが、価格水準が不明であるとあえて競売を選ぶ債権者もいるので要注意です。


《具体的に不動産業の事例を紹介した参考書籍》
・「民事再生は必要ない!打つべき手は他にある」(2010/2)ファーストプレス社
・「増補版・実録!債務免除読本」(2009/9)ぜんにち出版
・「改訂版 新・債務免除読本」(2009/7)ぜんにち出版
・「事業再生事件ファイル(会社譲渡編)」(2008/9)イースト・プレス社
・「事業再生事件ファイル(債権譲渡編)」(2007/2)イースト・プレス社


(2)建設業

建設業の事業再生にあたっては、単純な事業譲渡では済まないという問題点があります。


会社の規模やこれまでの実績により、公共工事の入札資格の制限があったり、事業譲渡を行うと新たに許認可を受けなければならないという都合があるため、従来の会社とは別の会社に単純に事業を譲れば済むというわけにはいきません。 安易に事業譲渡を行うと、実績ゼロの会社から再スタートを余儀なくされることになります。


会社分割の場合は一部を引き継げるものの、建築業の許可はあらためて受けなければなりません。さらに、会社分割により誕生した会社であることは登記簿謄本により明示されますので風評被害は否定できません。


さらに、工事遂行のための資金手当、未成工事の扱い等、細かい配慮が必要になります。このように、建設業の事業再生は他の業種と比べて知恵と工夫が求められます。


《具体的に建設業の事例を紹介した参考書籍》
・「本物の事業再生はこれだ」(2010/3)ファーストプレス社
・「改訂版 新・債務免除読本」(2009/7)ぜんにち出版


(3)宿泊業

一昔前は旅行代理店による集客が多かったものの、最近はインターネット他を利用した集客が行われる等、集客構造に変化が出てきています。集客構造の差による資金繰りは宿泊業の大きな課題です。


たとえば、ネットを利用して集客した個人客は現金収入が期待されます。館内での物販等も期待できます。


しかし、旅行代理店による集客の場合は宿泊料も低く抑えられ、宿泊代金は後払いです。旅行代理店が発行したチケットしか使わない客では、旅館としてキャッシュフローが改善されないままです。


費用に目を向ければ、仕入れ業者の決済にも配慮が必要です。極端な話、物品納入を止められたのでは経営が継続できないからです。もっとも、取引業者としても取引を継続したいところであり、強硬な手段に訴えるのは一般的ではありません。


従業員の確保という厄介な問題もあります。観光地の特性により、利用客のピーク時とオフ時の間に、大きな差がある場合、従業員をピーク時にあわせて確保していたのでは余剰人員になりますし、反対に、オフ時に合わせていたのではサービス低下に直結します。場合によっては、施設の一部閉鎖も含めた抜本的な計画により効率的な経営が求められるところです。


施設に関しては、多くの場合ボイラー設備、空調、水回り等に大規模修繕費を充てることとなり、その設備資金をどのように捻出するのかが課題です。


さらに、たとえば食事処を設けることで客を一カ所に集め、コスト削減をしたいにもかかわらず、建物構造によっては大規模なレイアウト変更ができず、依然として部屋出しを余儀なくされるなど、建物構造による限界がある例も散見されます。


同じ観光地・温泉地の中でも、ホテル・旅館の二極化が進んでおり、さらには、観光地・温泉地の間の二極化も進んでいます。


宿泊業の場合、宿泊施設自体が不動産担保として提供されている例が大半です。このような場合、仮に競売されたとして、落札者が現われるのかという視点で自 己分析をする必要があります。たとえば、リゾートホテルチェーンが触手を伸ばすような規模の宿泊施設であれば、需要者があると見込まれますが、誰も応札しないような物件であれば、債務者としては強気の交渉姿勢で臨むことができます。このような場合、比較的、低めの金額で別会社に事業譲渡を行うことが可能になります。ただし、風評被害による経営悪化は否めません。


《具体的に宿泊業の事例を紹介した参考書籍》
・「民事再生は必要ない!打つべき手は他にある」(2010/2)ファーストプレス社
・「改訂版 新・債務免除読本」(2009/7)ぜんにち出版
・「事業再生事件ファイル(債権譲渡編)」(2007/2)イースト・プレス社


(4)製造業

製造業の場合、主要な納品先がどの程度のウエイトを持っているのかが大きなカギとなります。短期的な視点からみれば、主要な納品先に大きく依存している方が、在庫の管理などの面でも、また、安定的な取引の面からも望ましいこともあります。しかし、長期的には、納品先の分散は経営を安定させることになり ます。


技術力の差は営業権評価額の差となり、事業再生に大きな影響を与えます。技術力の差があること、すなわち、収益性に期待できるからこそ事業再生も可能になるのです。


ところで、主要取引先が取引企業の業態に制限を設けている場合があります。あたかも建設業における入札資格のように、業歴何年以上ではないと取引しないな どの条件がある場合、納品もままならないことになってしまいます。このような場合には主要取引先への十分な根回し、場合によっては、新設会社ではなく業歴の長い別会社への事業譲渡、あるいは、会社分割による事業再生が必要になります。納品先を確保しなければ事業再生も実現しないのです。


なお、工場用地の場合、危険物・汚染物質の保管等が問題になります。土壌汚染の疑いがあると、別会社への新規融資を行うにあたって、

ボーリング調査を行うことが求められることがあります。土壌汚染が明らかになれば、当然ながら不動産価値が大きく減少します。よって、事業の清算価値も下振れしますが、担保価値も下がるため別会社への融資額が少なくなりますので、既存の債権者との交渉が難航するケースも見られます。


《具体的に製造業の事例を紹介した参考書籍》
・「民事再生は必要ない!打つべき手は他にある」(2010/2)ファーストプレス社
・「改訂版 新・債務免除読本」(2009/7)ぜんにち出版
・「事業再生事件ファイル(会社譲渡編)」(2008/9)イースト・プレス社
・「事業再生事件ファイル(事業譲渡編)」(2006/8)イースト・プレス社


(5)小売業

商品により商品鮮度が異なるのは当然です。当然ながら、生鮮食料品と乾物では求められる商品鮮度に大きな差があります。婦人服なども、鮮度の新しさが求められる部類に属します。


一般に、小売店の場合には現金売りが多いため、運転資金は比較的少なくて済むということもできます。


しかし、事業再生に関わる事実が誤って公表されると、保証金の積み増しを求められたり、仕入れにあたって現金決済を求められたりといった風評被害が生じてしまいますので注意が必要です。


なお、業歴が長い小売業の場合には、店舗、倉庫が不動産担保に提供されていることが多いようです。地域の変化は商圏の変化に直結するだけではなく、不動産 価値の変化を通し、小売業の事業再生にも大きな変化を与えます。たとえば、住宅地に所在する店舗であれば、取り壊して、住宅開発を求められるケースもあり ますし、商業地に所在する店舗であれば、店舗のままでの処分を求められるケースもあります。個々の店舗によって、異なる対策が求められます。


《具体的に小売業の事例を紹介した参考書籍》
・「民事再生は必要ない!打つべき手は他にある」(2010/2)ファーストプレス社
・「改訂版 新・債務免除読本」(2009/7)ぜんにち出版
・「事業再生事件ファイル(債権譲渡編)」(2007/2)イースト・プレス社
・「事業再生事件ファイル(事業譲渡編)」(2006/8)イースト・プレス社


(6)卸売業

金融業の側面を持つことは卸売業の特徴の一つです。中小零細企業である小売店を取引対象にするため、売上債権の管理が多くなります。したがって、売掛金の回収可能性の判断は経営上の重要なポイントになります。


金融機能を果たすという観点からは、一定の自己資本が必要になるところですが、そもそも、卸売業を営む自社が事業の再生を迫られることになると、資金繰りが非常に苦しい状況になります。昨今のインターネット取引の普及を考えると、業態の変更も課題となります。


卸売業の場合、別会社への事業譲渡で、事業再生を図ることは、比較的容易に進められますので、財務体質の改善を実現するためには、早めに事業譲渡を行うことが得策です。


卸売業は、利益幅が少ないので在庫の評価損は経営を直撃する側面もあり、小売業以上に適正な在庫管理が求められます。事業譲渡にあたっては、在庫商品を破格にて別会社に譲渡することで、別会社の立ち上がり時における利益獲得に寄与することになります。


《具体的に卸売業の事例を紹介した参考書籍》
卸売業に関しては衣料品、食料品、貴金属品等の事業再生を成功させていますが、書籍では紹介していません。個別にご相談ください。


(7)運送業

運送業といっても、運搬具の種類によって様々なケースがあります。船舶による海運業などもありますが、一般的には、トラック等の車両を利用した運送業が多く見られます。運送業の場合、この運搬具の会計上の耐用年数が短く設定されているため、減価償却費が短期・多額になる半面、運搬具の物理的な耐用年数は長いため両者にギャップが生じることがあります。


会計上の耐用年数よりも、物理的な耐用年数の方が長いとはいえ、買い替え時期には相応の支出が必要になります。会計上は、減価償却費を内部留保しておくことで、自己資金による資産の買い替えができるのですが、実際には減価償却費による内部留保部分は支出してしまうことが多く、運搬具の買い替えには資金調達が必要な場合が少なくありません。


また、特に陸運業の場合、駐車場、倉庫などの不動産を担保として提供していることが多いため、このような不動産を確保する必要がある場合には、その対策が必要になるケースが散見されます。


《具体的に運送業の事例を紹介した参考書籍》
運送業に関しては陸運業、海運業等の事業再生を成功させていますが、書籍では紹介していません。個別にご相談ください。


(8)サービス業

サービス業にはさまざまな業態がありますが、一般的には担保となる不動産を持たない場合が多く見られます。この場合、不動産をめぐる債権者との争いは回避できます。しかし、不動産を賃借りして事業を行っている場合には、事業再生にあたって追い出されるリスクが問題になります。


せっかく、金融機関との合意が見込めても、大家さんとの諍い(多くの場合は賃料の不払いです)により、別会社のあらたな賃貸借ができず、追い出されてしまったのでは、せっかくの事業再生が台無しになってしまいます。このような例を何件も扱いましたので賃貸借契約の継続の可否については注意が必要です。


業態の違いにより、さまざまな対策を講じることになりますが、個々の詳細については割愛します。


なお、金融機関との交渉にあたっては、営業権を計上することで債務返済額の調整ならびに節税対策ができることは拙著の中でも紹介した通りです。


《具体的にサービス業の事例を紹介した参考書籍》
・「増補版・実録!債務免除読本」(2009/9)ぜんにち出版
・「改訂版 新・債務免除読本」(2009/7)ぜんにち出版


(9)飲食業

飲食業の中でも、個店の再生だけではなく、多店舗展開をしている場合の再生を何件か手がけました。このような場合、進出より撤退が課題になります。 というのも、多店舗展開している間は従業員のやりくりなども融通がききますし、経営自体が活況に満ちています。しかし、経営に陰りが見えると組織は硬直的になり、経営者の意思とは裏腹に、各店舗の運営が空回りするようになってしまいます。各店舗の経営成績に差が生じ、赤字店舗のマイナスを黒字店舗で補うようになってしまいます。早急の整理が必要にもかかわらず、撤退を躊躇する例が少なくありません。


近隣地域の変化が業績を直撃するのは飲食業の特徴です。たとえば、類似店、競合店が近隣地域に進出したり、あるいは、離れたところに客足を奪われたり、地域の変化が飲食業の業績を左右します。


さらに、店舗は所有物件か賃貸物件かにより事業再生の進め方に差が生じます。所有物件であれば買い取り資金が必要になり、あるいは、リースバックによる継続使用を狙うことになります。賃貸物件であれば、別会社で事業再生するにあたって、継続入居ができるのかの可能性を探るとともに、旧会社が家主に差し入れている保証金相当額を確保する必要も出てきます。


《具体的に飲食業の事例を紹介した参考書籍》
・「改訂版 新・債務免除読本」(2009/7)ぜんにち出版
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