Ⅷ.特別な支援

「現在の経営者による経営継続を実現することが真の事業再生である」との基本方針のもと、銀行との交渉においても特別な支援を行うほか、資産譲渡、会社譲渡、債権譲渡の3形態に応じて、次のような特別な支援を行なっています。


(1)銀行交渉に関する支援
(2)資産譲渡に関する支援
(3)会社譲渡に関する支援
(4)債権譲渡に関する支援

(1)銀行交渉に関する支援

当社が実践する事業再生の基本姿勢は、金融機関との争いを避け、債権者と債務者が協調することで双方が満足する形での事業再生を成立させるというも のです。この基本姿勢は当社が事業再生コンサルティングを手掛けるようになって以来、一貫しています。このような方針のもと、銀行交渉にあたっては次のよ うな支援を行っています。


1.返済能力の保証
事業再生にあたっては債権者と債務者の間で返済額の交渉が行われます。債権者としては少しでも多くの回収を目指すものの、債務者の返済能力を超える返済を要求したのでは交渉は合意できません。このような交渉の決裂リスクを回避する必要が生じます。


債権者が期待する返済能力と債務者の実際の返済能力は異なります。債権者の期待値>債務者の返済能力であれば、交渉は決裂してしまいます(注1)。 交渉にあたっては債権者に過度の期待をさせるのではなく、債務者の返済能力を正しく理解してもらうことが重要になります。債務者の返済能力とは、過去の経営成績に基づいた将来の予測です。この場合、納付すべき税金を計算し、税引き後の利益をもって返済することになります。これは、まさに税理士の本来業務に他なりません。


債務者の返済能力を正しく把握し、返済能力を債権者に保証することで、交渉の決裂リスクを回避するように努めています。


2.返済総額の確定
債務者の返済能力を保証しただけでは不十分です。債権者との交渉にあたっては、返済総額の確定が必要になります。
この返済総額は各期の返済額×返済年数で求められます。ここで、債権者と債務者の間の利得配分を明確にしなければなりません。合意した返済期間内は全ての 利得を債権者に配分します。よって、合意した返済期間内は債務者への利得配分はゼロとなります。債務者の利得はゼロであっても、合意した返済期間を経過した後の利得は債務者に配分されることになりますので、債務者は、将来の利得配分を期待して、合意した返済期間内における利得配分がゼロであっても返済を継続します(注2)。言いかえれば、返済期間が有限であるからこそ、債務者は自己の利得がゼロであっても返済を行うのです。


債務者の返済能力は債務者の努力水準の如何により、債務者側で決定することになります。しかし、返済年数を決定するのは債権者です。債務者は返済する義務 を負うのであり、債権者の求める期間の返済をする義務を負うのです。しかし、いつまでも返済を求められたのでは、債務者のヤル気が無くなるのは当たり前の話です。債務者のヤル気を引き出すためには、債務者にも何らかの利得を与えなければなりません。そこで、返済期間を有限とし、期間経過後の利得を債務者に与えるのが合理的な考え方です。債務者は返済期間経過後の利得を得ることを期待して、返済を継続するというわけです。


債務者の努力水準を最大限に発揮するためにも、「返済期間は有限であるべし」という基本的な考え方に基づき、事業再生を成功させるカギとなる返済総額の確定に向け、債務者の立場に立って債権者との交渉を支援しています。


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以下の説明は少し理論的になりますので、興味のある方だけご覧ください。なお、興味のある方は、「学会・教育・研究活動」のページもご参照ください。


注1

下の図は、縦軸に金額を、横軸に期間をとり、角度は債務者の返済能力を表しています。角度Hは債務者の返済能力の限界値で、VH(t*)は債務者の期間t*の返済額になります。VL(t*)は債権者の受忍下限値です。合意額をaとすると、交渉が成立するためには、VH(t*)≧a≧VL(t*)が成立していなければなりません。

債権者と債務者の利得配分



注2

下の図は、縦軸に金額を、横軸に期間をとり、期間tにおける債務者の返済総額を表しています。債権者が返済期間t*を選択すれば、期間t*における返済額 a*全額が債権者の利得として配分されます。その間、債務者に配分される利得はゼロですが、債務者としては期間t*を超えた部分、すなわちa-a*は全額 が債務者に配分されますので、この部分を期待して合意期間t*は全ての利得を債権者に配分しても、債務者は満足を得られることになります。

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(2)資産譲渡に関する支援

資産譲渡の代表的な方法は、担保不動産をクライアントが用意した別会社に譲渡するというものです。そのためには、別会社で資金調達をして資産を購入するのが本筋ですが、どうしても資金調達ができない場合もあるのが現実です。このような場合に、当社ではリースバックによる支援を行っています。また、資産譲渡に関する金額について、債権者と債務者の間の合意がスムーズに行われるよう、必要に応じて鑑定評価を実施しています。


1.リースバック
クライアントが用意した別会社に資産を譲渡するのが本筋ですが、どうしても別会社で資金調達ができない場合には、当社が物件を取得し、クライアントの別会社にリースバックする方法をとることがあります。この場合には、クライアントに変わり当社が資金調達をすることになります。当社は、調達金利に一定のリスクプレミアムを加算して賃料を受け取ります(注1)


数年間にわたり、クライアントは家賃を支払い、当社は家賃を受け取るという、リースバック形式により資産の保全を実現します。数年の間にクライアントの別会社は資金獲得能力をつけ、資金獲得ができるようになった時点で、当社はクライアントの第二会社に資産を譲渡するというわけです。クライアントは賃料という費用を負担することになりますが、全額が損金になりますので、元本返済に比べて余裕のある経営計画を実現する可能性もあります。


このリースバック方式によれば、時間はかかるものの、当社が資産を保全しますので第三者に資産を奪われないで済むため、どうしても資金調達ができない場合に有効な方法です。


2.鑑定評価
資産を売却して返済すべきところ、債務者がどうしても物件を売却しようとしない場合には、債権者が競売を申し立てることになるのは当然です。
債権者は早く換金して回収したいのに対し、債務者は別会社に任意売却したいという立場にあります。金額については、債権者は少しでも高く換金したいのに対し、債務者は少しでも安く別会社に譲渡したいと考えています。


別会社に譲渡する場合、購入する別会社は真正な第三者ではありませんので、取引価格の価格設定が不透明になっています。債権者にしてみれば、取引価格が曖昧なままでは担保解除に応じることはできません。客観的な評価がないと話が進まないのです。


客観性を高めるため競売手続を進めるのも一つの方法です。手続を進めると、裁判所が選任した不動産鑑定士が鑑定評価を行い、これを基礎に競売価格が公表さ れますので価格の目安を得ることができます。その金額を基に債権者と交渉を行い、金額の合意ができれば競売を取り下げてもらい、合意した金額で任意売却を すれば良いのです。
しかし、競売を申し立てることにより、債務者への風評被害が生じることは不可避です。そこで、不動産鑑定士による鑑定評価を行い、競売価格を予想することで話し合いの基準となる価格を求めることは有効な方法となります(注2)


債権者が金額に納得すれば競売はいらないのです。債権者との交渉で、債権者が納得できるような鑑定評価を行っています。

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注1

賃料の決定にあたっては、資金調達金利の他、物件の評価額、所在地などを総合的に勘案します。クライアントの事業再生が目的ですので、再生が不可能な水準 での賃料設定はありません。なお、リースバック方式は、クライアントと当社との間に信頼関係がないとできない方法であり、個別の案件毎に慎重な審査を行い ますので、すべての案件に適用するものではありません。個々の例により異なりますので、詳しくは個別にご相談ください。

注2

不動産の評価額は、いわゆる通常の時価としての正常価格の他、競売を行う場合の特殊な価格として特定価格というものがあります。単に正常価格を求めるのでは、債権者との交渉は不十分です。当社では、正常価格はもちろん、特定価格の鑑定評価も行います。銀行との交渉にあたっては、不動産鑑定士・税理士として 交渉に参加することで、債務者の立場から説得力ある支援を行っています。

(3)会社譲渡に関する支援

クライアントが用意した別会社で資産や事業を譲り受けるにしても、場合によっては適任者を確保できない場合もあります。このような場合に、会社の役職就任を引き受けたり、株主としての立場を引き受けたりすることで、会社制度を活用する形で事業再生がスムーズに行えるような支援を行っています。


1.役職就任
別会社を設立し、事業譲渡や資産譲渡を行う場合、その役職は誰でも良いというものではありません。事実上、債務者の会社ですので、債務者が信頼できる人物でなければならないのは当然ですが、債権者の立場からも、第三者でなければならない場合もあるのです。


債権者は不良債権の償却をしたいということを見失ってはなりません。満足する回収額を得れば良いというものではなく、残った債権を適正に償却することで、不良債権処理が終わるのです。そのためには、必要な手続きを踏まなければなりません。単に、従来の経営者が別会社を設立し、そこに事業や資産を譲渡するというシナリオでは社内稟議書を作成できないのです。いい加減な処理を行っていたのでは、後日の検査・監査で利益供与と疑われかねません。


かかる恐れを解消するために、形式的な要件を整える必要があるのです。決して金融機関を騙すのではなく、金融機関の償却手続きをスムーズに進めるため、ひいては、金融機関との交渉を円滑に進めるために役職を引き受ける場合も少なくありません。


なお、経営の強化を図る目的で経営補助者としての役職就任も行っています。詳しくは、「経営参画」のページをご参照ください。


2.株主引受
我が国では、株主は会社に対して各自の有する株式の引受価額を限度とする有限責任を負うのみであり、会社債権者に対する弁済義務を否定する制度が採用されています。制度上は、所有と経営が分離されているので、株主は「金は出すが経営に直接的に口は出さない」のが基本ということになります。株主は、自らの出資金の範囲で責任を負うのであり、したがって、出資金の全額を失うことが最大の損害ということになります。株主は株主総会の構成員として、会社の基本的事項や株主にとって利害関係の大きな事項を決定するほか、取締役・監査役などの選任・解任等の決定を行うことになります。さらに、単独株主権や少数株主権と して、会社経営を監督する権限も与えられています。多くの零細企業においては、経営者一族が株主であり、制度の理念とは別に、事実上、所有と経営が一体化しているのです。


株主は登記されるものではありませんが、会社の定款には記載されています。また、決算申告書にも記載しますので、直近の株主を把握することができます。こ のように株主が誰であるかを把握することができるため、株主を第三者にしておかねばならない場合も生じるのです。たとえば、金融機関としては第三者への譲渡を求めることもありますし、金融機関との交渉を進めるために、第三者の会社であることを強調することが有利な場合も少なくありません(注1)。 しかし、経営権を維持するためには、株主としての地位は経営者一族で押さえる必要があります。株主の地位を他人に譲ってしまったのでは会社を乗っ取られて しまうからです。いわゆるM&Aでは事業の再生は可能であっても、他人に経営権を奪われてしまいます。会社を乗っ取られないようにするためには、きちんと 約定を結ぶことで会社を確実に取り戻す手立てを講じておかねばなりません。信頼できる第三者に会社を譲渡した後、あらためて、会社を取り戻すというわけで す。第三者との間に確実な信頼関係がなければできない方法です。


会社譲渡により事業再生を目指すにあたっては、将来の税金負担の問題にも配慮する必要があります。たとえば、本来はAさんが株主であるべきところ、諸般の事情からAさんは表に出られないためにBさんを株主にしたとします。将来時点で株主をBさんからAさんに変更すれば良いと考えるだけでは不十分なのです。 なぜならば税金が発生する可能性があるからです(注2)


さまざまな問題を回避し、間違いのない対策を講じることは税理士としての本来業務です。当社では、将来の税金対策までも念頭に置き、会社譲渡に関する支援を積極的に行うことで、事業再生を成功させています。

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注1

金融機関への配慮として株主を第三者としておくことが求められるという考え方は、前1.の役職就任における場合と同様です。さらに、第二次納税義務との関係で、第三者としておく場合も少なくありません。個別具体的であり、微妙な問題ですので、詳しくは個別にお応えします。お気軽にご相談ください。

注2

仮に会社の資産が1億円で、借入も1億円であったとします。この場合、会社の価値は事実上、ゼロですので、株主をBさんからAさんに変更しても問題にはな りません。しかし、返済が進み、仮に借入がゼロになったとします。この段階で資産が1億円あるならば、会社の価値は事実上1億円ということになります。この段階でBさんからAさんに株主を変更すれば、Bさんには1億円の利益が生じたものと税務当局に判断されることになります。実際に金銭の授受をしたか否か ではなく、事実上、1億円の価値のあるものをBさんはAさんに譲渡したと見られるわけです。このように考えると、株主を安易に第三者名義にしておくことは 避けるべきであり、適切な対策を講じておかなければなりません。


(4)債権譲渡に関する支援

債権譲渡に関する支援策としては、金融機関等の他社がクライアントである自社に対して有する債権の譲渡(この場合、クライアントは債務者になります)と、クライアントである自社が他社に対して有する債権の譲渡(この場合はクライアントが債権者になります)に大別されます。


1.他社が有する債権の譲受(債務者として)
債権者と債務者の交渉が成立しても、単に債務免除を受けたのでは債務免除益を計上しなければならず、課税対象利益になってしまうという問題があります。一定範囲で繰越損失との相殺が認められるとはいえ、臨時巨額な特別利益を消化できない場合は大きな問題となってしまいます。このような場合には、単なる債務免除ではなく債権譲渡を活用することで問題解決を図ることが有効です。


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左図のように、仮に10億円の負債があり、その内、担保不動産は1億円、無担保部分が9億円ある場合を例にとります。この場合、1億円の不動産を売却して返済し、残りの9億円の一部を返済するとします。

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残り9億円の負債の一部返済額は債権者との交渉で決まります。ここでは1000万円の返済で合意に至ったと仮定します。この場合、単に債務免除を受けただけでは9億円から1000万円を差し引いた8億9000万円もの債務免除益が発生してしまいます。

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そこで無担保の8億9000万円については原債権者に債務免除をしてもらうのではなく、原債権者から債務者の指定先に 債権譲渡をしてもらいます。債権を譲り受けた後は、その債権を回収するのではなく、クライアントの経営実態に合わせる形で債務免除を行うことになります。 これにより、臨時巨額の債務免除益の計上を避けることが可能となります。


当社の業務は単に債務免除を取り付けるだけではありません。実際に免除を受けた後についても適切な計画を実践することによりクライアントの再建を支しています。これまでにも債権の譲り受けを行っており、当社が譲り受けた債権総額は既に50億円を超えています。


2.他社に対する債権の譲受(債権者として)

他社に対する債権とは、債務者が債権者として他社に対して債権を有する場合の対策です。これを放置しておくと、将来において債務者の債権者が債権者代位権 を行使してくるという問題が想定されます。すなわち、クライアントAが、他社Bに対して債権を有する場合に、Aの債権者Cが、Aに代わってBに有する債権を回収してくるという可能性です。Bへの債権を回収されても良いのであれば何も対策を講じる必要はありませんが、Bへの債権の回収をされたのでは困る場合 には、AがBに対して有する債権を譲渡しておく必要があり、それなりの手続きを踏む必要があります。


Aに対する詐害行為を行うものではありません。債務者が他社に対して有する債権が存在していたのでは、債権者が債務者に対する債権を貸倒処理しにくいので債権を消しておくというものです。このことは、先に「会社譲渡に関する支援」のところで詳述した通りです。


具体的に手順の概要を示すならば、次のようになります。個々の例により異なりますので、詳しくは個別にご相談ください。


・まず、AとBの間で、債務承認弁済約定証書を作ります。たとえば、両者間に1億円の貸借があることを双方が確認します。ここで、債権を劣後債権としておきます。たとえば、10年後に毎月100万円ずつ返済するという約定にします。
・これにより、Bは返済猶予されるというメリットの他、Aは10年間も回収が期待できないため、債権の価値が低くなるというわけです。
・次に、その債権を譲渡します。たとえば、当社がこれを譲受けます。
・債権額は1億ですが、10年間も請求できない債権ですので、債権の譲受価格は安くなっても当然です。
・当社は債権の購入代金をAに支払います。AはBに対して、確定日付郵便で債権譲渡通知を行います。
・当社とBの間で、あらためて債務承認弁済約定証書を作成します。
・以上の手続きにより、AはBへの債権を失いますので、債権者CがAに代わってBへの債権を回収することはできなくなります。


当社では、さまざまな形で債権譲渡を利用しながら、債権者との交渉を有利に進めるための支援を行っています。

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